【全3冊】今一番アツい短編集を語ります!2022年本屋大賞候補作レビュー!

【文学YouTuberベル】書評を中心に、読書の魅力を配信中の文化系YouTuber。本屋大賞候補作、今回は、「短編集」をピックアップして紹介します。

 

本屋大賞ノミネート作品は、全部で10冊。
その全10冊をジャンルに分けて、全予想しています!
今回は、ジャンルに分けて、それぞれの本を紹介しますが、
大賞予想はしていきません。

ジャンルは、「短編集編」「ミステリー編」「長編編」の3つです。
今回は、「短編集編」です!

1冊目

『本にだって雄と雌があります』で第3回Twitter文学賞国内編第1位。
を獲得してから、9年ぶりとなる待望の新刊。著者の第3作目。

月をモチーフとしたダークな短編集となっていて、全部で三編。
第43回吉川英治文学新人賞受賞も受賞。

収録作は、「そして月がふりかえる」「月景石」「残月記」で、
ボリュームとして、短編、短編、中編です。

「そして月がふりかえる」は、
大学教授の男が家族とファミレスで食事中、
突如、自分だけが異世界に飛ばされてしまう。
世にも奇妙な物語風のお話です。

2ちゃんねるの異世界から帰ってきた世界が好きな人にオススメの物語。

「月景石」は、
叔母の形見の石を枕の下に入れて眠った女性が悪夢に襲われ、
ダークな中世ファンタジー世界に翻弄されるお話です。

ここまで読んで勝手に連作短編集だと勘違いしていました。
というのも、どちらも異世界のダークなお話で共通。
しかも、続きがありそうな終わり方をするのです。
だからどこかでリンクするのかな〜?と、読み進めていました。
3編目を読むと、これらが独立した短編集であると分かります。

その3編目が「残月記」。これが特に良かった。
なんならこれを最初に読みたかった!と思うくらいでした。

「残月記」は、
「月昂(げっこう)」と呼ばれる致死率の高い感染症と
西日本大震災の発生により救国党、一党独裁政権が続いている
未来の日本が舞台です。
ここで月昂に感染し、施設に隔離された青年、冬芽の壮絶な体験と
一途の愛の模様を描いたディストピア小説。

ディストピア小説といえば、機械文明に否定的な未来社会を描くことが多く、
その中身は、独裁、監視社会、行動制限、性愛制御などが挙げられますが、
この作品には全部入っていました。
作者のゾワゾワ感、切迫感、不穏感漂うクールな文章が世界観を醸し出していました。

本書の特徴をさらに上げるならば、「ルナキック」。
月を用いた巧みな表現です。
月昂は、月の道影に合わせて症状が変化する感染症です。
満月の時には、超躁状態になり、人によっては性欲が増したり、暴力的になったり。
だから危険因子とみなされて、感染したと分かった瞬間に施設に隔離されてしまいます。
一方で、芸術活動にパワーを注ぎ、とんでもない才能を発揮する人がいるのも事実です。

新月になると、混迷状態に陥り、ここで命を落とす人も少なくない。
女性の身体とか、フィクションで言うならオオカミ男とか。
月の道影とバイオリズムがリンクしているところに月の魔力を感じます。

また月は、監視船の象徴にもなっていました。
月と地球の関係を考えてみますと、月から地球は全部お見通し。
隠れることができない状態。
一方で、地球から月を見ることはできるのですが、それはあくまでも月の表面だけ。
月の裏側、反対側までは見ることができません。
これを地球は、個人。月を独裁国家と置き換えてみますと、
国家は個人を全て監視しており、その国家が裏で何をしているのか。
個人は計り知ることができない。

素晴らしいのは表現のうまさだけではありません。
月昂の症状として、非現実的非科学的な未来の話にも関わらず、
壮大な歴史映画を1本見たかのような妙なリアルさがある。
月昂はコロナ。西日本大震災は、南海トラフ地震を表していると思うから、
リアルに見える。と言うのは、もちろんあると思います。
とはいえ、表面的なものだけではなくて、
緻密に構築された舞台設定や、一行たりとも緊張感が揺るがない文章。
有事に乗じて感じる独裁政権の悲惨さ。そして、負の歴史を繰り返すことの警告が、
切実に迫ってきました。このように、個人と国家。自由と支配について
考えさせられる内容ではありますが、個人的には、「残月記」のテーマは、
「不滅の愛」だと思っています。地球の核にあたる部分が愛だと思っています。
いくら月とはいえ、地球の核までをも見ることはできないですよね。
つまり、人間の核である愛は、誰も監視できないし、支配できない。
そう言うことを書いていたのでは、という思うのです。

冬芽には、パートナーの女性がいました。彼女とは、この世界でなかったら出会わなかった。
そして、この世界だからこそ、執着した。ともいえますが、
冬芽の貫いた世界が平和の世界線で育まれることを願わずにはいられない。
自分は、愛のためにどんな世界を作りたいのか。
そんな総愛な物語でした。

全体的に明るい話ではないのですが、ファンタジー好きではないベルでも
世界の創造の緻密さと美しい文章。そして愛の描き方に魅了されました。
ので、とてもオススメでございます。
具体的にはクールな人にオススメ!
テーマとして、エモーショナルなものではあるのですが、
展開や感情を文章で誤魔化さない、淡々と読みたい人に良いと思います。
重い話が好きな人にもオススメです。

読みながらなんとなく似ているなーと、浮かんできた本たち。
円空仏という木彫りの人形の話が出てくる場面で、西条奈加さんの「心淋し川」。
冬芽は各職人でその話が出てきた時には、横山秀夫さんの「ノースライト」。
圧倒的リアルを捉えることで感情を動かすというところで、伊予原新さんの「八月の銀の雪」。

2冊目

20代から50代までの10年ごとの各関係の「愛」を描いた連作短編集です。
プロローグ、1〜4章、エピローグという構成になっております。

第1章

「金魚とカワセミ」
オーストラリア、メルボルンに留学中の女子大生・レイは、
現地に住む日系人・ブーと恋に落ちる。彼らは「期間限定の恋人」として付き合い始める。
期間限定の愛を描いた、恋人への愛。

第2章

「東京タワーとアーツ・センター」
日本の額縁工房に勤める30歳の額職人・空知は、既製品の製作を淡々とこなす毎日に迷いを感じていた。
そんなとき、十数年前にメルボルンで出会った画家ジャック・ジャクソンが描いた
「エスキース」というタイトルの絵画に出会い……。
自分が何者であるか、仕事を通じて見つめていく、教えの愛。

第3章

「トマトジュースとバタフライピー」
中年の漫画家タカシマの、かつてのアシスタント・砂川が、「ウルトラ・マンガ大賞」を受賞した。
雑誌の対談企画の相手として、砂川がタカシマを指名したため、二人は久しぶりに顔を合わせる。
弟子との対談を経て、自分の魅力を再発見する、弟子への愛。

第4章

「赤鬼と青鬼」
パニック障害が発症し休暇をとることになった51歳の茜。
そんなとき、元恋人の蒼から連絡がきて……。
50代にして、転職、破局を経験した女性による元彼への愛。

エピローグ

そして、最後のエピローグは、、、

まとめ

全編、オーストラリアの画家、ジャック・ジャクソンが描いた
「エスキース」という絵のタイトルを通したお話になっています。
ということで、各章が緩やかにつながっている物語になっています。
ガッツリ真っ正面から「愛」を捉えた物語です。
帯に、2度読み必至!仕掛けに満ちた傑作連作短編集とあります。

タイトルの赤と青とエスキース。
どの単語にも全部、意味があります。
各章のタイトルも、全て赤と青の対比になっています。
小物まで気を遣う女性のおしゃれ的な細やかな配慮によって、
世界観が積み重ねられていくところがいいですね。

こちらの小説、テーマ的には「愛」なのですが、
中でもどんなテーマなのかと言ったら、「恋に年齢制限はない」
ということでしょうか!
30数年に渡る恋の模様をそれぞれの年代で
きちんと主人公を通して成り立って書かれています。
いつだって全盛期になりうるし、いつだって恋に悩んで浮かれていいんだ。
って思えました。環境の変化と愛の永続性についても書いているので、
遠距離恋愛や環境の変化における状況の変化。
シチュエーション的にも割といろんな人に共感してもらえる。

3冊目

BL作家として活躍している著者の一般文芸デビュー作です。
第165回直木賞候補。第43回吉川英治文学新人賞受賞。

全部で6編、収録されています。
「ネオンテトラ」
不妊で不倫をしている女性と虐待を受けている男子中学生との関係を描いた物語。
「魔王の帰還」
訳あって転校することになった高校生の弟と訳あって出戻った姉の一夏の物語。
「ピクニック」
母娘三世代を取り巻く乳児死亡事故の真相に迫る物語。
「花うた」
傷害致死犯と被害者家族の交流を往復書簡で見せる物語。
「愛を適量」
15年ぶりに会った娘がFtMであることが判明。父親の元へ転がり込む物語。
「式日」
かつてしこりを残したままフェードアウトしてしまった先輩と後輩の再会物語。

一部、主要人物の重なりがあるものの確変、すれ違い程度のつながりに
孤立した世界、スモールワールズ感が出ていました。
想像していた作品のイメージとかなりギャップがありました。
かなり重くセンシティブなテーマが多く含まれていて、全体的にメリーバットエンド風です。
メリーバッドエンドとは、主人公当人にとっては幸せであるが、その周囲の人や
読み手からはそうではないと思われる結末。
読んでいて苦しい場面もあり、好き嫌いが分かれ、傷つく人もいるかもしれない作品である。

著者は本作のインタビューで、
物語は正解を示すものではない。人には不幸になる自由もある。
その人が選んだなら、そういう人生があっていい。と話しています。
不幸を選択するという自由が書かれているのです。
今まで著者が書いてきたBLは、ハッピーエンドがお約束。
なので、本作ではその逆を行き、人生とはそんな単純ではないよ!
というメッセージが各編に現れていました。
SNSなどでキラキラした世界があって、なんとなく幸せであるべきという重圧を
感じている人は共感できるのかな。と思いました。
タイトルにもあるように、一つ一つが狭い世界で完結しています。
狭い世界って、そもそも選択肢が限られていて、自分で選んでいるように見えて、
選ばされているという可能性も高いんじゃないかと思います。
自ら内向きに留めている弊害を見ているようでもありましたし、
不幸を選択するとは、人を巻き込むリスクも含んでいるのに、
それでも選ぶことはアリなのか?と、読みながら考えてしまいました。
物語の構図としては、自己満足vs常識という感じで、
登場人物たちは、本人たちの意思に関係なく、自分達だけが知っている
秘密の世界を構築するために平気で両親や倫理観をぶち破ってくるところがあります。
これがベルの価値観と相入れることができなかった点。
もちろん全部の小説が価値観を共有するためのものではないので、
客観的に色々な価値観として見られれば問題はないのですが、
刺激的なテーマを扱うには短編では、持て余してしまう部分もあり、
また不幸を前面に押し出すが故にリアリティーというよりは、
作者の不幸を選択する自由があるんだよ。というメッセージを強く感じました。

いろいろな見方ができる訳ですが、あまり考え込まなくても、
6編それぞれ、性別、世代、読み味が全く異なるにもかかわらず、
スルスルと読めてしまって、あっと驚く展開に背筋が凍らしたり、ホッとしたり。
エンタメとして飽きさせない文章は、さすがだと思いました。

個人的には、6編の中でも特に「魔王の帰還」が好きでした。
コミカルな文章で登場人物たちがキャラ立ちしていて、青春という風でもあり、
何よりも救われた!
全編読み味が違うので、飽き性な人にオススメの本です。
あるいは、なんとも言えない後味を感じたい人にもオススメ。

この作品を気に入った人は、松井奈々さんの「カモフラージュ」
食というゆるいつながりで全然読み味の違う作品が収録されているので、
似たテイストでオススメ。
暗いものを背負っている中で、秘密性という世界を作っているという意味では、
町田その子さんの「52ヘルツのクジラたち」、
凪良ゆうさんの「凪浪の月」も合うと思います。

【全3冊】今一番アツい短編集を語ります!2022年本屋大賞候補作レビュー!
元サイトで動画を視聴: YouTube.

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